経験すれば記憶しやすくなる

中学・高校・大学受験の勉強、あるいは地方・国家公務員試験、医師、看護師、弁護士、薬剤師、FP、簿記、一級建築士といった資格試験の学習においては、どうしても内容がつまらないものとなりがちです。それは知識が自分から切り離されていて、実感を持てないからかもしれません。

学術書や受験参考書、教科書に書いてあるような、一歩引いたところから学ぶようなものを知識記憶(あるいは意味記憶)といいます。それにたいして、自分の経験が絡んでいるようなものを経験記憶(あるいはエピソード記憶)といいます。効率的な勉強方法をしていきたいなら、できるだけ知識を知識として終わらせずに、自分の経験に関連付けたほうが長期記憶として残りやすくなります。これこそ賢く効率的な記憶術です。

経験したことを、比較的長く記憶する脳力は、人間ならではの特性といわれています。
ほかの動物は、エピソード記憶を持たないといわれているからです。人間だけが過去の経験を蓄積し、それを材料として判断を下したり、よりよい方法を考え出したりすることができるのです。それは発達した大脳があるからこそできることであり、そのおかげで文明を進化させてきたといえます。

人間の進化の過程は、まずは大昔に、手続き記憶が発達しました。これは本能や習慣といったものです。
その後だんだん進化していくにつれ、縄張りや食べられるものを覚える意味記憶が出来上がり、最後に「いつ、どこで危険な天敵と遭遇した」というエピソード(経験)記憶が完成して今にいたります。

子供の成長過程も、この人類の進化の過程を、もう一度なぞるように発達していきます。
まずは「ハイハイ」しますが、これは手続き記憶です。頭で考える記憶ではなく、体で覚える記憶だからです。そして母親の顔を認識しますが、これは意味記憶となります。しかし3歳までは海馬が未発達なので、経験したことを記憶することができません。3歳以降になって、ようやくエピソード記憶が形成されてくるのです。
3歳以前の事を覚えていないことを、「3歳児健忘」といいます。

このように経験にともなう記憶は、進化の歴史においても成長過程においても、最終形態です。
この最高の記憶を試験勉強に活用しない手はありません。

経験を活用した記憶術とは?

経験を日々の受験勉強に取り入れるといっても、そんなに難しいことではありません。
ようは勉強する内容を、知識として終わらせずに、自分自身の経験と結びつけるということです。たとえばエピソード記憶活用法には以下のようなものがあります。記憶力を高める方法として効果的です。

  • 勉強のやり方を奇抜なものにする
  • 勉強したことを人に説明してみる
  • 間違うことが経験になる
  • 物語文を活用してイメージをふくらませる
  • イメージの中の記憶と連結させる
  • ページをそのまま記憶する

奇抜なものにするとは、たとえば、試験前のここぞというときは、ねじり鉢巻きをして勉強してみる。そうすると、あとになってから「そういえば、あの時ねじり鉢巻きなんて格好をして勉強したっけなぁ・・・」という経験として残ります。その行為が、普段まったくしないことであるほど、何年たっても忘れないものです。
そして、ここが重要なのですが、そういった奇抜な経験といっしょに、勉強した内容も忘れにくくなるのです。

そのほか、いつもなら自分の自宅で勉強している人なら、どこか行ったこともない喫茶店で勉強してみる。
部屋の片隅で学習してみる・・・など、いろいろな方法が考えられます。注意点としては、あまりに使い古してしまうと、単調になってしまうため「奇抜な経験」とはならなくなり、忘れやすくなってしまうことです。そこだけ気を付けていきましょう。

勉強したことを人に話してみる

勉強したことを自分の頭のなかだけに終わらせずに、人にわかりやすく説明してみることも、経験を活用した記憶術となります。たとえばテストや模試などのとき、「あのとき図書館で、○○さんに説明した部分だな。そういえば○○さんは、面白い質問をしてたっけなぁ・・・。答えを説明したときの、あの反応は忘れられない。。。」といったように、すぐに勉強したことを思い出せるのです。

また人に説明しようとすると、まずは自分の脳内で整理する「必要性」が生じます。これが記憶の整理と定着に一役買うのです。人に説明しようという気持ちは、「適度なプレッシャー」を脳にかけることになります。そうすると脳内に雑多に散らばっていた、ばらばらの記憶が整理整頓され、今まで理解できていなかったことが理解できるようになるのです。

これは左脳記憶としては脳に入っていたけれど、人に説明するという緊張感の作用によって、右脳的なイメージとしてまとめられた、ということです。別な表現を使えば、全体を俯瞰できるようになったということ。個々のものだけしか見えていなかった状態が、概要というかポイントを把握できるようになるわけですね。

ただ、この場合も、頻繁に仲の良い友達に教えていると、「奇抜な行為」とはならないため、忘れやすくなるというリスクがあります。ですから、いろいろな人に話すようにするか、一人の人にも一度に絞って話してみるといいかもしれません。

間違うことが経験になる

何事でもそうだと思いますが、仕事などで先輩に叱られた内容というものは、しっかりと脳内に記憶として刻印され、長く忘れないものです。叱られたという経験が、短期記憶を一瞬にして長期記憶にまで押し上げてくれるわけです。その意味では、失敗こそ成功の元です。

もちろん、これは仕事をいい加減にやって、わざと間違えることを勧めているのではありません。
模擬試験や中間・期末テストで、わざと間違える人はいないでしょう。本番の試験や、結果が求められる仕事においては、失敗はゆるされません。
そうではなく、日頃の受験勉強や「練習の段階」では、できるだけ間違えた方が、忘れにくい経験となるのです。ただし、安易に間違えようという意味ではなく、必死にやってみたうえでの失敗ということがポイント。

その意味では受験を目指す勉強方法においては、インプットとアウトプットの両方が絶対に必要になります。この2つは受験勉強における、車の両輪。インプットとは教科書や受験参考書、虎の巻などを何度も反復して黙読するような学習。また漢字や英単語のスペルを書き取る練習もそうです。

こういった勉強は、脳内に知識を取り込むために必要なわけですが、「失敗がない」ということがネックです。そうなると経験記憶を活用できないため、不十分な学習になります。もちろん自己啓発のために学んだり、気軽に勉強している場合は、インプットだけでも問題ありません。

受験における真のアウトプットとは、最終試験であり、本番の試験です。
ただ前述したように、この時点では失敗はゆるされません。そこで毎日の試験勉強、つまり「練習」の段階で小さなアウトプットを繰り返し、そこで「うんと失敗する」ことが大切です。格闘技の試合だったら、本番で負けることはだめですが、練習やトレーニングの段階では、大いに失敗すべきことと一緒です。

過去問を解いてみて、全然わからない。頭をひねってみても、答えがわからない。そして答えをみる。
「そういうことか!」・・・こういった苦闘が経験になり、忘れない記憶として定着します。また過去問を、本番の試験の時間帯にあわせて、制限時間も意識して解いてみます。すると、「意外にも時間が足りない」ことを知ったりする。これも実際にやってみたうえで知った経験です。

その意味では、何回か模試(模擬試験)受けてみることも重要です。家でいくら本番の試験に似せても、限界があります。模試では、本場の試験と似たような臨場感を味わえるので、とてもいい経験になります。模試の緊張感を経験して、場馴れしているかどうかかが本番に影響するものです。
また、そのときに出題されて間違えた問題は、長期記憶として残りやすくなります。このように模試は、いろいろな経験ができるので、その後に飛躍的な学力アップが可能となります。こういった事前の経験が、本番のときに生きるのです。本番では間違えてはいけないけれど、普段の練習では間違えることが経験となり、飛躍的な実力アップにつながっていきます。

イメージすることも経験になる

右脳をつかったイメージ記憶というと、自分とは関係のない「想像の世界」のように思えますが、そうではありません。経験にしても、脳内にイメージを焼き付けることであり、過ぎ去ってしまえば結局は想像することと同じだからです。

いわゆる「思い出」にひたるときは、脳内に再現します。これはイメージすることと似ていますよね?
よく、小説を読書することは「疑似体験」をすることだ、といわれます。これは実際に経験できることには限りがあるけれど、本をたくさん読めば、それだけ人生経験が豊富になることを意味します。

ですから英語の文法や単語、熟語、構文などを記憶したいときは、イメージを喚起するような物語文を利用すると、自分の経験に結び付けられます。論説的な口調の英文よりも、自分がそのなかの主人公となって感情移入できるような文体のほうが、経験記憶となり、長く忘れにくくなるのです。

そういった土壌があれば、とくに覚えようとしなくても、英文法や英単語は記憶されやすくなります。ホームステイをすると英語をマスターしやすくなるのは、自分の経験にからめて勉強できるからではないでしょうか。

なお英語の物語文を選ぶさいは、イングリッシュアドベンチャーのように、ワクワクするようなものを選ぶほうが、より強烈な経験となり、記憶に残りやすくなります。それは感情を司る扁桃体という部分を活性化するからです。扁桃体が刺激を受けると、すぐそばにある、記憶の管理棟である海馬が活性化されます。するとシータ波が出てきて、記憶しやすくなるのです。

ですから英単語などを覚えるときも、身振り手振りを添えると効果的かもしれません。bigだったら、たんに「大きい、big」と繰り返すのではなく、手を大きく広げて体全体で表現してみるのです。また声も大きく出してみるのです。smallだったら小声で発音するわけですね。このように、できるだけ感情移入する学習法は、より強いイメージを湧かせることになり、「ほとんど自分の経験と変わらないレベル」になります。

古くから存在する記憶術とは?

そのほか自分の脳内にすでにある「場所の記憶」と、これから覚えたいことを連結させることもエピソード記憶の範ちゅうです。これは古代ギリシャ時代に、すでに存在していた記憶法。たとえば自分の勉強部屋は、どこに机があって、どこに本棚があるということは、考えなくてもすぐに脳裏に浮かびます。

そういった、脳内にすでに経験としてある映像を活用して、新しく覚えたい事柄を結び付けていくのです。
たとえばAは机に連結、Bは本棚に連結する。あるいはCは地球儀に、Dはあの写真に、というように・・・。
このようにすれば連想記憶となり、簡単に長期記憶化することができます。

これは自分の部屋でなくても、家のなか、知り合いの家、近所の街並み、あるいは想像上の家でもOKです。そのほか、自分の体の各部分に結びつける記憶法もあります。すでに脳内にある記憶とは、つまり経験です。それに結びつけることで経験記憶となるのです。

すでに脳内に定着している長期記憶に、シナプスが連結するのですから、一気に長期記憶にできるというわけです。木に絡まる「つる性植物」のようなものです。その意味では、ごろ合わせも、すでに知っているイメージに結びつけるので、経験記憶を活用した暗記法といえるかもしれません。


最後に、ページをそのまま記憶する方法をご紹介しましょう。
これは、見たものを一瞬で脳に焼き付ける「写真記憶」を言っているのではありません。何度もノートや教科書を繰り返し読み込んでいると、「そういえば、あの写真の下に書いてあったな」というように経験と結び付けて記憶できるようになります。「右ページの上の端っこに書いてあったな」などですね。

これは意識してやるべきことではなく、何度も復習しているうちに、しぜんと「無意識のうちに」経験となるわけです。これも無味乾燥な知識記憶を、自分の経験に結びつける方法です。

以上、いろいろな方向から自分の経験に結びつける記憶術をご紹介してきましたが、ひとつだけ注意点があります。それはエピソード記憶は、時間がたつと知識記憶だけになってしまう、ということ。友達に説明したという記憶が忘れられ、最後は知識記憶という核だけが残るということです。その意味でも最初の段階で、できるだけ「奇抜な経験」「希少価値のある経験」にすることが、忘れにくい経験にする秘訣といえます。

経験記憶のうちは、いつでも取り出せる顕在記憶です。しかし経験がそぎ落とされた知識記憶は、脳の奥深くに埋もれた潜在記憶です。年を取って昔に習ったことが出てこなくなるのは、知識記憶だけになってしまうからです。つねに経験記憶の状態を維持するためには、最初の段階で注意するか、その後も頻繁に経験に関連付ける努力をし続けるか、そのどちらかが大事になるのです。